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フォトンベルトを抜けた先

自作小説をぼちぼちと。

与太話

「アダルトビデオでさ、下半身だけ見えないようにして上半身は接客とかするやつあるじゃん?」

 
夜も更けてきたとはいえ公衆の面前で、友人は無邪気にもそんな話を切り出す。カウンターの下に男優が隠れてるやつね、ふむ。
 
「で、女優さんが悶えながらも応対してるのに、客は気付いてない。大丈夫?とか気分悪いの?とかもない。どうかと思うよ、俺は。」
 
そもそもその客も役で、気づかないふりをしているだけだと思うが。
 
「なかには自分のどうでもいい話に対する女優さんのリアクションに満足してるやつまでいる。」
 
死ぬほどどうでもいい。
 
「要はさ、本質を見ていないんだよ。自分に見えていることが全てだと思っていて、相手がどういう状況なのか考えもしない。それはダサくないか?俺はそんなの嫌だね。」
 
あれ。AVの話じゃなかったのか。何か語りだしたぞ。
 
「もっと物事の本質を見極めるべきなんだよ。じゃなきゃ男じゃない。」
 
面倒なので適当に頷く。
 
「それにしてもあの店員さん可愛いよなあ。あんな嫁さん欲しいわ。」
 
はあ。話が飛び過ぎだ。ついていけん。大きくため息をつこうとして、ああ、もう無理。
瞼が重くて目が開かない。

#05 世界樹

 ドアミラー越しに後方を確認するが銀色のセダンはおろか、何かが追ってきている気配がない。まさかこの距離で撒けたわけでもないだろう。しかし、その後も誰かが追ってくることはなかった。霊弐がほっと胸をなでおろすと、運転席の女、蕗薹央(ふきのとうあきら)が口を開く。

「レイジぃ、どういう状況だよ。あれILHENの特務部隊じゃないのか?厄介ごとはやめてくれよ。」

どういう状況と聞かれても。霊弐は少女が自宅にやってきてからの流れを軽く話す。そこで、霊弐はあることに気が付く。

「そういえば、まだ自己紹介をしていなかったね。僕は…」

「杜若霊弐。探偵なんでしょ。」

霊弐の言葉を少女が遮る。どうやら本当に霊弐のことを知って訪ねてきたらしい。

「なんだよ、今更自己紹介かよ。で、そのILHENの特務部隊に追われるワケアリな彼女、名前は?」

央があきれたような声を上げ、少女に訊く。少女は少し困っているようだったがやがて、ヤナギ亜音、と名乗った。透き通るような白い肌と地毛らしい白髪から想像はしていたが、ハーフらしい。本人に両親の記憶はないようで、ただ、北欧の血が混ざっているらしい、ということだった。

「これからどうするの。」

亜音が不安そうに霊弐に尋ねる。霊弐はルームミラー越しに央に目配せし、答える。

「中心街へ行く。」

この街の中心には行政府中枢機関、通称「世界樹」がある。世界樹は細いビル状の構造物で、その姿は木というよりは地上から生えた針のようであるが、世界樹世界樹たる所以が地下にある。中心街には入り組んだ地下道が複数あり、それが木の根っこのように絡み合っている。その地下道は、一度入ったら出口が分からなくなるような区域もあり、ILHENのお膝元でありながら昔からスラムのようになっている。ベーシックインカムに反発した一部の保守派の人々はそれぞれ自立した生活を目指したが、中にはビジネスに失敗し、政府からの補助も受けず路上生活をしている人がいるらしい。それゆえに地下街は治安が悪い半面、地上は治安が維持されている。繁華街には人があふれており、地下街の対処に追われるILHENの警備部隊の目も心配する必要がないわけである。

 その繁華街の一角に、央の家があった。央はベーシックインカムの恩恵を受ける一方で、独学でガソリンエンジンの整備技術を身に着けエンジニアをしている。現在ではほぼ衰退したガソリンエンジンの技術を欲したILHENの技術指導を任される代わりに、環境維持の名目で禁止されているガソリン自動車の使用を許可され、必要経費もILHEN持ちという好待遇を受けていた。なるほど、ILHENの目を逃れるためにあえてILHENの足元に転がり込む、まさに灯台下暗しというべきだろうか。ここまで聞いた亜音は心配そうな表情をしていたが、央に危害を加えれば技術の保守が難しくなるためILHENも簡単には動けないと霊弐に説得され、央宅へと避難することとなった。

ホワイトデー

彼女が死んだ。

最近はよくデートもしていたし、こないだだってバレンタインのチョコを貰ったばかりだった。僕は手に持ったお返しのキャンディが入った袋に目を落とす。僕は彼女の最後の顔を見られなかった。初めて見た時から僕の心を掴んだままのその瞳を、宝石の如く煌めく瞳を、僕は最後まで見ていられなかった。

彼女の最後の言葉には嫌悪や愛惜の感情は無く、ただそこにあるのは落胆だけだった。僕は彼女の大きすぎる期待に答えられなかったのだ。キャパシティを越えた感情はこの空間の空気を押し潰そうとした。さっきと同じとは思えない重力に、僕は何もできなかった。僕は彼女を救えなかった。

彼女にとって僕がどれほど期待外れであったか。彼女の笑顔をもう見られないと判って、ようやくそれに気づいた。僕にはもう彼女の心を変えることはできない。

彼女は死んだのだから。

#04 追手

 助っ人を呼ぼうと思って。そう言いながら起き上がって、霊弐は端末を操作する。すると、彼女は霊弐の腕を掴んで言った。

「やめて!」

霊弐を信用して来た、と彼女は続けた。他の人間は信用できない、と。霊弐は別段隠れて探偵をしているわけではないが、自分を頼って逃げてくる人間がいるほど有名である自覚はなかったので単純に驚いたが、ともあれ今は、彼女は自分以外頼りたくないようである。が。

「もう送信してしまった。」

霊弐の手に握られた端末の画面には、送信済みのマークが表示されている。少し焦った表情をしたまま彼女の動きがゼロコンマ数秒フリーズした瞬間である。部屋の扉が、ガンガン、と叩かれた。見ると扉が凹んでしまっている。霊弐は自然と構える。すると、彼女が口を開く。

「ごめん、あれ私。」

え?霊弐が彼女の言葉の意味が飲み込めないでいると、彼女は扉の前に立ち右手の拳を凹みに当て、にやり、と笑う。

「さっきあなたを呼んだときに。ごめん。」

彼女は少し照れくさそうに言うと、てのひらで扉の凹みを撫でる。霊弐は目の前ではにかむ少女の腕力に困惑しつつも、初めて見た彼女の笑顔に少しほっとした。

ガンガン

二人の間に少なからず安堵の気持ちが共有された時、再び扉が叩かれた。彼女は自分じゃない、と首を振る。

ガンガンガンバギ

鈍い音がして、扉の蝶番が折れた。本来開かれるべき方向とは逆に向かって、扉が動く。四畳半の閉塞空間に長方形の穴が開く。応援の割には荒っぽい登場だ、とのん気なことを考えてる場合ではなかった。彼女の表情が凍り付く。穴の中から出てきたのは、黒いスーツにサングラスをかけたがたいの大きい二人組の男だった。霊弐にそんな知り合いはいないしもちろん、今しがた呼んだ応援ではない。突然の事態に二人が動けないでいると、スーツの二人組はゆっくりと近づいてきた。霊弐は咄嗟に壁際にあった椅子を蹴って軽く跳ね、部屋の天井に吊るされた照明を両手で引き抜いて二人組に投げた。飛んできた照明は片方が難なく受け取ったが、二人組が一瞬気を取られた隙に霊弐は、固まっている少女の手を引いて穴に向かって走った。そのまま外に出る。薄暗くなってきていた通路を、迷わず左に曲がり端に一つだけある階段を駆け下りる。少女は意外にも躓くこともなく、霊弐の足についてくる。しかし1階まで下りたところで、2台の車が停まっていることに気付いた。車高の低い銀色のセダン。ボンネットには黒の大きなウィトルウィウス的人体図。左半分が骨になっている。ILHENのマークだった。車内にはスーツにサングラスの大男が一人ずつ。二人の姿に気づき、車を降りてくる。

「こっちだ」

霊弐がなるべく冷静に言って、少女の手を握ったまま宛てもなく道路に走り出ようとした時だった。赤く染まりかけた桜の木のアーチの中から、一台の深紅のSUVが現れた。

「乗れ!」

霊弐と少女の前にSUVは停まり、窓から金髪の女が叫ぶ。霊弐は少女の手を引き、SUVの重たいドアを開けた。二人が乗り込むとSUVは後輪をスリップさせながら走り出す。

#03 不安

 首が痛くなるほど高い山を見上げ霊弐は、自室の前の通路の柵にもたれ掛かる。霊弐の家は3階建てのアパートの一室だ。築年数は古く、今世紀の初めに建てられたらしい。ILHENの管理の下、人々の多くは都心部の居住区へ移住してしまったため、このアパートも3階の端の霊弐の部屋以外空き部屋になってしまっている。政府直属の建物には管理人が付くが、このアパートは民間に譲渡されて以降、週に一回業者所属の保守点検ロボットが数台やってくるだけである。山に近く交通の便も都心に劣るため閑散としており、周囲には同じような古い建物が数軒並ぶだけであとは、数キロ先に物資輸送機の発着場があるくらいだ。誰も住まなくなった建物は取り壊して資源として再循環されることになっているから、残っている建物には少なくとも一人は住んでいるのだろうが、霊弐は会ったことが無いのでおそらく、倉庫か別荘代わりにでもなっているのかもしれない。

 それにしても彼女、どこから来たのだろうか。追われている、と言っていた。まさか友達と鬼ごっこやかくれんぼをしているわけではあるまい。しかし、この街で誘拐や監禁なんて物騒なこと、ILHENが見過ごすわけがないだろう。そもそも、市民に動機が発生し得ない、というのがこの街の姿だった。

「なんであれ、ただ事ではなさそうだ。一応応援を呼んでおくか。」

そう呟いて霊弐は、胸ポケットから端末を取り出す。その時。

ドン

霊弐の後ろで音がした。振り返るともう一度、ドン。自室の扉からだ。霊弐が扉に近づくと、少しだけ開いて声だけの彼女が言う。

「着替え終わったから、呼んだ。」

なるほどと頷き、霊弐は扉を開けようとした。すると扉のほうが勢いよくしかし半分だけ開き、中から出てきた白い手に霊弐の腕は引っ張られた。体勢を崩した霊弐はそのまま中へ倒れこむ。霊弐の身体が中に入りきったのを確認すると同時に扉を閉め、鍵を掛ける彼女。

「そんなにしなくても追っ手なんて来やしないよ。」

霊弐の言葉に彼女は真剣な顔で、そんなのわからないじゃない、と言う。

「さっき誰と通信していたの。」

倒れたままの霊弐の手に握られた端末を見て、彼女は不安そうに訊く。状況はわからないが、ものすごく不安なのだろう。霊弐は答えた。

「助っ人を呼ぼうと思って。」

霊弐が実質的なカウンセラーであるのに、探偵を名乗っているのにはわけがあった。彼は他人の話を聞くのが好きでカウンセリングをしていたが、それは趣味の域を出ていなかった。彼にはパトロンとでも言うべき存在がいた。毎日のように他人の相談に乗っているとごく稀に、彼一人では手に負えない事態が転がり込んでくる。手に負えないと言っても、大事になるようなことであればILHENが動くはずで、彼が本格的に動く必要のある事態というのは具体的には、お金が必要なとき、ではあるが。そのパトロンとは長い付き合いで、カウンセラーである霊弐のカウンセラーでもあった。困ったときはまず相談する、そんな間柄なのだった。