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フォトンベルトを抜けた先

自作小説をぼちぼちと。

#05 世界樹

P.S.E.

 ドアミラー越しに後方を確認するが銀色のセダンはおろか、何かが追ってきている気配がない。まさかこの距離で撒けたわけでもないだろう。しかし、その後も誰かが追ってくることはなかった。霊弐がほっと胸をなでおろすと、運転席の女、蕗薹央(ふきのとうあきら)が口を開く。

「レイジぃ、どういう状況だよ。あれILHENの特務部隊じゃないのか?厄介ごとはやめてくれよ。」

どういう状況と聞かれても。霊弐は少女が自宅にやってきてからの流れを軽く話す。そこで、霊弐はあることに気が付く。

「そういえば、まだ自己紹介をしていなかったね。僕は…」

「杜若霊弐。探偵なんでしょ。」

霊弐の言葉を少女が遮る。どうやら本当に霊弐のことを知って訪ねてきたらしい。

「なんだよ、今更自己紹介かよ。で、そのILHENの特務部隊に追われるワケアリな彼女、名前は?」

央があきれたような声を上げ、少女に訊く。少女は少し困っているようだったがやがて、ヤナギ亜音、と名乗った。透き通るような白い肌と地毛らしい白髪から想像はしていたが、ハーフらしい。本人に両親の記憶はないようで、ただ、北欧の血が混ざっているらしい、ということだった。

「これからどうするの。」

亜音が不安そうに霊弐に尋ねる。霊弐はルームミラー越しに央に目配せし、答える。

「中心街へ行く。」

この街の中心には行政府中枢機関、通称「世界樹」がある。世界樹は細いビル状の構造物で、その姿は木というよりは地上から生えた針のようであるが、世界樹世界樹たる所以が地下にある。中心街には入り組んだ地下道が複数あり、それが木の根っこのように絡み合っている。その地下道は、一度入ったら出口が分からなくなるような区域もあり、ILHENのお膝元でありながら昔からスラムのようになっている。ベーシックインカムに反発した一部の保守派の人々はそれぞれ自立した生活を目指したが、中にはビジネスに失敗し、政府からの補助も受けず路上生活をしている人がいるらしい。それゆえに地下街は治安が悪い半面、地上は治安が維持されている。繁華街には人があふれており、地下街の対処に追われるILHENの警備部隊の目も心配する必要がないわけである。

 その繁華街の一角に、央の家があった。央はベーシックインカムの恩恵を受ける一方で、独学でガソリンエンジンの整備技術を身に着けエンジニアをしている。現在ではほぼ衰退したガソリンエンジンの技術を欲したILHENの技術指導を任される代わりに、環境維持の名目で禁止されているガソリン自動車の使用を許可され、必要経費もILHEN持ちという好待遇を受けていた。なるほど、ILHENの目を逃れるためにあえてILHENの足元に転がり込む、まさに灯台下暗しというべきだろうか。ここまで聞いた亜音は心配そうな表情をしていたが、央に危害を加えれば技術の保守が難しくなるためILHENも簡単には動けないと霊弐に説得され、央宅へと避難することとなった。