フォトンベルトを抜けた先

自作小説をぼちぼちと。

#01 白い影

 4月。ああ、別に厳密に太陽の位置がどうとかで決まっているわけではない。暦の上では、4月に当たるというだけである。人類を悩ませた21世紀のエネルギー問題は、太陽光発電に代表される再生可能エネルギーへの全面的な切り替えによりほぼ解決し、安定しなかった地球の天候さえも調節が可能なほど、エネルギー供給量が増大しているのである。もはや太陽の位置など気にせずともカレンダーに合わせて、居住区内の気温が変化するのでそれに合わせて人々は、季節、を感じるのである。21世紀後半に枯渇した地球資源については、各都市の中心部に設置された資源再循環施設による完全リサイクルの確立により、安定した供給がなされている。23世紀になろうという現在、すでに諸問題は解決したといっても過言ではなかったのだ。

 人々が何も心配する必要のなくなったこの環境を維持する目的で作られた組織がある。人類及び地球を次世界へ導く機関、通称、ILHEN(アイレン)。ILHENはこの街で実質的な政府組織としての役割を担う一方、一般人が行わなくなってしまった技術開発を引き継ぎ、継続し、科学技術の維持と保守を行う一種の研究組織としても成立している。

 とにもかくにも4月。そんなILHENの、研究C棟と書かれたコンクリート製のビルの、32という番号が振られた部屋。四角くて薄暗い、病室のような部屋の扉が、ゆっくりと、開く。隙間から白い足が出て、薄暗い廊下の少し冷たい床に触れる。白い影は壁に肩をあて、細い体を少し重そうに引っ張る。

ぺた、ずる、ぺた、ずる。無機質な通路を、ぎこちなく進む、白い影。

ぺた、ずる、ぺた、ずる。いくらか進んだところで止まる、白い影。

そこで壁が途切れていた。廊下はそこで十字に分かれているようだ。右の廊下から黒い影が現れる。

「なんだ、お前か。」黒い影は言った。

「見張りはどうした。まあいい。嫌になったのか。」

白い影は、うつむいたまま沈黙する。

黒い影は乱暴に、白い影の腕を引く。「ついて来い。自由が欲しいのだろう。」

十字に分かれた廊下を、左に進む。するとしばらくして、大きいけれども飾り気のない、両開きの扉が現れた。黒い影が扉を押す。ぎぎぎ、ぎぎぎ、と金属の擦れる音がして、扉が開く。広く開けた闇に、月明かりに照らされた桜が目に入る。外に出たようだ。外気は少し暖かく、また、月の光が二つの影を照らすおかげで、影は影でなくなった。

 黒い影は長身の、男だった。全身を黒いスーツで覆い、長く伸びた髪を後ろでまとめている。一方で、白い影は、白髪の少女だった。歳は18くらい。華奢な身体はスーツの男に支えられながらも、少し強張っていた。

 桜の花が風に靡く。その風が止むころ、二人の姿は消えていた。